グリーンリカバリー ~中小企業における「サステナブル経営」のススメ~

グリーンリカバリー
~中小企業における「サステナブル経営」のススメ~

代表理事 壁谷 武久
 

 地球環境問題をはじめとした社会課題は、多様化、複雑化し、さらに緊急性も増している。一方、コロナ後を睨み、世界経済が同時に動き出した。「グリーンリカバリー」——カーボンニュートラル、SDGsなど未来のあるべき姿への胎動が世界レベルで具現化に向けて本格化する中、中小企業においては持続可能な事業活動をどのように志向し、行動していくことが重要なのか?ここでは、そうした視点で「サステナブル経営戦略」の在り方について述べたい。

 

<グリーンリカバリーを目指せ>

 「コロナウィルスに対するワクチンは早晩開発できるかもしれないが、気候変動にはワクチンはない。」これは、20215月、「グリーンリカバリー」政策を打ち出した欧州議会でのウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長の演説の一節である。

コロナで揺れる世界経済、ただし、この世界共通の危機の裏側には、「気候危機」という世界共通の長く険しいさらにハードルの高い共通の危機があり、この危機を乗り越えることは、今日的な危機を乗り越えることの重要性以外に、将来に向けた世代を超えた人類共通の覚悟が必要であることを意味しているものと思われる。

さて、日本では気候変動をはじめとした地球環境問題は衆院選の争点にもならなかったが、国民目線では2015年に国連で採択されたSDGsパリ協定については、近時の異常気象や気候災害に関する国内外での報道の事実もあって、近時、実感としてその危機感を受け止め、特に将来を担うZ世代と呼ばれる若者世代においてその関心は徐々に広がりつつある。    

また、わが国では、2020年10月、菅首相(当時)が唐突ではあるが「2050年カーボンニュートラル宣言」を発し、2021年4月には、その道程にあたる2030年までに二酸化炭素などの温室効果ガス(以下、「CO2」という)排出量2013年度比で46%の削減を目指すとの将来目標が掲げられた。

この目標設定に合わせて第6次エネルギー基本計画、地球温暖化対策計画、パリ協定に基づく成長戦略としての長期計画など、国の重要な長期計画も短期間に見直されたが、コロナ禍の日本においては、短期的な経済の回復の議論が優先し、長期的なリスクであり、事業機会ともなりうるこうした事実は十分に知らされることもなく、コロナ後の「元の世界(無尽蔵に成長を求める経済の姿)」を求める声のみがこだましているように思える。

改めてコロナとの戦いの出口が見え隠れする中、持続可能な「カーボンニュートラル」や「SDGs」などの達成に向けた新たな経済復興、いわゆる「グリーンリカバリー」に向けて今一度、力強い歩みを始めていくことが重要であることを申し上げたい。

短期的な物見や意思決定を優先するのではなく、長期的な視点で「地球環境問題」に効く、「ワクチン」探し、つまり社会課題解決に向かうビジネス志向を持つことが、コロナ後の新たなビジネス創出の機会に繋がるものと考える。

 

<カーボンニュートラル、SDGs実現に向けたビジネス潮流>

コロナ禍においては、世界経済は、長期的な景気後退により、企業倒産の急増や、国間での人や物資の移動規制によるサプライチェーンの長期的混乱など極めて厳しい環境に陥り、2020年度におけるCO2の全世界での排出量は、前年比1桁後半から30%近くの大幅な減少との報告もあった。

残念ながら、昨今はコロナ感染の収束を見届けないまま、世界的に経済重視に軸足が移行し、そうした事実の検証は論を待たず、経済復興に向け、一部先進国においては、またぞろ石油資源の増産を求めるまでになりつつある。

そうした激動の中にあっても、「カーボンニュートラル」「SDGs」の目標達成に向けた移行は先進国、途上国いずれにとっても世界共通目標であり、サステナビリティ志向型の新たなビジネス潮流が本格化しつつある。

サステナビリティを追求する新しい価値行動の一つが「ESG投資」だ。

ESG投資は、企業の経営評価を従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資のことを指し、企業経営のサステナビリティに優れているとの評価に繋がることから世界的に拡がりを見せている。

「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures):TCFD」の最終報告書に基づく、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」に関しての情報開示などにより、企業として「機会」と「リスク」の両側面で持続可能性についての評価が行われる。

評価の対象は、当該企業内部の行動にどどまらず、サプライチェーンを構成するすべてのプレイヤー、つまり中小企業においても対応努力が求められる。

例えば、指標の一つとして、企業におけるCO2排出量の算定・公開がある。具体的には、原材料調達・製造・物流・販売・廃棄など、一連の流れ全体から発生するCO2排出量のことで、自社(SCOPE1,2)のみならず上下流のサプライチェーン領域(SCOPE3)を含む全体のCO2排出量を把握し公開するものだ。

特に、SCOPE3の領域では、自社の購入した製品・サービスや上下流での物流に要するCO2の排出量などの計算において取引先企業から直接入手する方法のほか、情報入手が困難場合には、外部データベースによる原単位を用いて算定する方法の2種類がある。

公開されている原単位に活動量をかけることでも良いのだが、少しでも排出量の少ないデータを求めることから、下流側企業から上流側のサプライヤーへのデータ要求が多数発生しており、上流側においてはこうしたデータ要求への対応に追われるところとなっている。

二つ目のサステナビリティ対応の動きは、「サーキュラーエコノミー」だ。

「サーキュラーエコノミー」は、EU201512月に政策パッケージとして公表した概念で、「循環経済」とも呼ぶ。製品、素材、資源の価値を可能な限り長く保全・維持し、廃棄物の発生を最小限化する経済システムを意味し、従来の3R対応といった環境政策とは違った「新たなビジネスモデル」として、資源・エネルギーに乏しい日本において対応が急がれる。

具体的なビジネスモデルとしては、①サーキュラー型サプライチェーン(再生可能エネルギー、バイオ素材・再生材導入等)、②シェアリング・プラットフォーム(使用・アクセス・所有の協働モデルを通じた使用率の向上)、③PaaS(サービスとしての製品:Product as a Service(資源生産性を高めるために、生産者が製品を保有したまま製品の利用を提供))、④製品寿命の延長(修理・加工・アップグレード、再販による製品寿命の延長)、⑤回収とリサイクル(使用可能な資源又はエネルギーを廃棄物または副産物から回収)がある。

欧州では、201912月に発出された「欧州グリーンディール計画」に基づき、2050年にカーボンニュートラルと経済成長と資源利用のデカップリング(切り離し)の実現を目指す具体的な手段として、20203月に「新サーキュラーエコノミー行動計画」が発表された。

同行動計画に基づき、近時、ライフサイクルCO2、再生資源使用量等の情報開示を前提とした製品政策が展開される見込みとなっている。これは世界共通目標であるSDGs、パリ協定の達成にもかない、その正当性を基に新たな産業政策として展開されることは、諸外国にとっては脅威となりうるだろうが、今後の新しいビジネスのあり方でもある。

 以上の二つの大きな動きに共通することとして、サプライチェーン全体を巻き込んでのビジネスモデルの変革が起こりうることと、LCALife Cycle Assessment)手法を用いたライフサイクル全体でのCO2排出量、すなわち「カーボンフットプリント(ライフサイクルCO2)」が情報公開の共通言語として求められることだ。

中小企業においてもこうしたビジネス潮流を、受け身でなく、未来を志向し、前のめりに対応していくことが、サステナビリティを志向した経営につながるものと確信している。


図1 「サステナブル経営」のための思考法


<中小企業における「サステナブル経営」のススメ>

さて、コロナ禍での我が国経済、とりわけ中小企業においてはそのダメージが心配されるところであるが、外的環境の変化、特にコロナ禍でも気候変動をはじめとした地球環境の劣化はさらに進み、世界は着実に脱炭素型の経済活動に本格的に舵を切り出している。

 幾重にも厳しい経営環境のように感じられるかもしれないが、地球環境問題、とりわけ気候変動への対応はすでに世界共通の課題であり、SDGsでもゴール13(気候変動に具体的な対応を)として定められており、わが国でも「2050年カーボンニュートラル宣言」がなされるなど明確な未来像が示されているところである。

中小企業の皆様におかれても、「カーボンニュートラル」の実現に向けては、すでに従来からの省エネ対策や再エネ導入の検討が進められていることと思う。
 しかしながら、ここでは、前述のESG投資の進展、サーキュラーエコノミーのビジネスモデル化の観点からその実現に向けたアプローチをご紹介したい。

「サステナブル経営」(図1参照)、すなわちまずは自社の「未来のあるべき姿」を例えば2030年、2050年といった具合に描いてみてはどうであろうか?

その上でバックキャスティングの思考法を用いて、当該目標を達成するための今日的な課題とその対応策を検討(マッチング思考)し、中間地点でのいくつかの目標を優先順位と共に掲げ、一つ一つ実現していく。

地球への環境影響の面では、ライフサイクル思考を用いて、その影響の根源を見出し、これを克服しながら事業に取り組む。

これを基本として、ESG投資における評価軸の側面では、評価対象(投資対象)となる企業個社のみならず、当該企業の事業活動に関わるサプライチェーン全体で、図2のように多様な側面での対応が要求される。これらは見方を変えると、自社にあてはめた場合に、長期的経営リスクの回避とともに新たな事業機会のヒントにもなっていることに気づく。

 

 

2 ESG評価とサーキュラー型ビジネスイメージ

 

 

また、サーキュラーエコノミー型の視点から見ても、従来、見えなかった取引先との関係から様々な経営課題が浮かび上がってくるものと考える。

つまり、長期的視点での経営戦略は、自社のみでなく、他社との積極的な対話による製品製造・サービスに関わる工程や材料の革新が必要である。さらに、カーボンニュートラルの側面からは、それらの新たなトライアルが地球温暖化の観点から妥当であるかどうかを社会に説明するためには、「カーボンフットプリント(ライフサイクルCO2)」への対応が有効である。

中小企業の皆様におかれては、日々の厳しい経営環境の中、このような長期的な経営戦略は、なかなか対応が難しいとの意見も聞かれるが、将来世代に良好なバトンを渡すためにも「グリーンリカバリー」を志として、一歩先を行く経営へのチャレンジを期待したい。

 「商工ジャーナル20221月号」掲載)